「ふとろってどこよ?〜もう1つのギアすぱすぱ事件〜」


 大好評!(本当か?)の「ギアすぱすぱ事件」ですが, この事件にはもう1つのエピソードがあったことを忘れてはいけません。 そう,彼が迎えに行かなければ,太櫓に残されたみんなは餓死していたかもしれないのです(笑)。

 今回は 「ふとろってどこよ?〜もう1つのギアすぱすぱ事件〜」 と題しまして,太櫓に取り残された彼らを助けに行った救世主, Taku氏 の視点から事件を振り返ってみましょう。 文責はもちろんTaku氏です。


〜Prologue〜


 そう,あれは,大学3年目のゴールデンウィークの最終日だった。 前日の楽しい宴から一夜開け,酒の抜け切れていない気怠い体を起こし, ボーっと今日1日をどう過ごすか考えていた。 (宴にはみっつもいたが,例のごとく,家に帰っていた) ふと,が,

「温泉行っか?」

と言いだした。いつものパターンだし,みんなその意見に賛成した。


 しかし,俺は親とTVを買いに行く約束をしていたし, この後遊びに行くだけの金もなかったので,俺はパスした。


 今思うと,これがあの悪夢のはじまりだったのだ。


 みんなと別れ,家に帰り,しばらく経った。父親が俺に 「行くぞー」 と声をかける。 俺は,自分のベッドで横になり, 『だりーな』 という思いと 『この歳になって,父親と出歩くのはイヤだな』 という思いの中,仕方がなく,体を起こし,某大型電気店へと向かった。


 そして,目的のTVとビデオを買い, 『今頃,あいつらどうしてるかな?』 と,心配していた。 何故かというと,俺が行かなかった理由にTVを買う, 遊ぶ金がなかった以外にもどういう訳か 『何となく行きたくなかった。』 ということもあったからだ。


 そんな中,俺は,そんなことも忘れ,いつものように,家で晩飯を食い,居間でくつろいでいた。 そして,運命の午後8時。突然電話が鳴った。 親が 「友達からだよ」 と俺に電話を渡す。

「もしもし」

『なんだろう?また,飲みの誘いか?』という思いで,口を開いた。

「おっ!Taku。車動かなくなったさー,迎えに来て」

の声がする。『何ふざけてんのよ。俺をはめる気か?』とも思ったが, の口調がふざけていないことにすぐに気が付いた。

「マジで!?で,今どこよ?」

少し心配になって聞いてみた。 親も,どうしたんだ?と言う感じで俺を見る。

「えーと,海が見える。港かな?」

「なんて港よ?」

このとき俺は,西埠頭あたりか,上磯周辺だと思っていた。

「えーとね。ふとろふとろってとこ」

ふとろふとろなんて港,聞いたことがない。

「それ,どこよ?」

函館周辺では,そんな地名聞いたことがない。俺も不安になり,聞き返した。

「瀬棚の方」

ふとろという文字も説明してくれたが, 『太』は分かったが『ろ』の説明が分からない。 しかし,急がなければという思いから

「分かった。今から行くわ。」

そういって電話を切った。


 電話を切った瞬間俺は思った。 ふとろってどこよ?』


 瀬棚方面と言うことはわかった。しかし,瀬棚なんて行ったことがない。 北檜山方面は,乙部止まりなのだ。 何時間かかるかも知らず,ただ,遠いというイメージだけ持っていた俺は瀬棚という言葉に愕然とした。 俺は地図を探した。名前を聞いたこともない未開の地,ふとろの位置を確かめるためだ。 しかし,俺の家には,マップル等の詳しい道路地図はない。 20年ほど前に親が兄貴に買い与えた,国語の教科書程度の厚さの日本全図しかないのだ。 俺は,その北海道(西半分)のページを開き,瀬棚周辺のふとろと言う地名を探した。 しかし,なかなか見つからない。「海」と「瀬棚」をキーワードに,ふとろを探した。 そして,1つの地名に目が止まる。そこには太櫓と言う文字が書かれていた。 ほかには,それらしい地名はない。 俺は,この太櫓「ふとろ」だと決め, 太櫓へ向け,4人を助けに行くべく,車を走らせることになる。


 電話を切り,太櫓の場所を確認し,俺は,急いで愛車AE86トレノに乗り込んだ。 そして,キーを回し,エンジンをかける。 いつもなら心地よく聞こえるエギゾーストの音が,悲しく聞こえた。 コンパネを見る。ふと,イヤなオレンジ色の光が俺の目に飛び込んだ。 貧乏ランプ(俺はそう呼んでいる)いわゆる, 「エンプティーランプ」が煌々と光っているのだ。 ガソリンを入れなければ・・・そこで,俺は気が付いた。 『金がねー』 親に金を借りガソリンを入れ,俺は,一路太櫓へと向かった。


 太櫓へ向かう途中,怖いくらい順調だった。普段ならば,夜でもある程度の車が走っているのだが, この日に限って自分以外ほとんど走っていないのだ。 その中を1人で走る心細さと,太櫓という知らない土地へ向かう心細さが重なり, 何度か通っている道が全く知らない道に感じた。 また,何故か轍は赤く染まっていてそれが血のように見えていた。 (冷静に考えてみると,雨水に含まれる鉄が錆びて付着したものだと思うが) このことが,俺を更に心細くさせていた。


 そして,中山峠を通過したその時である。背筋がすうっと冷たくなるような感じがした。 ふと,ルームミラーを見ると,一瞬白い陰が通ったような気がした。 それを見た瞬間,急ごうとも思ったのだが,何となく嫌な予感がしたし, こんな時に急ぐと事故に遭うかもしれないと思い,より慎重に走ることにした。


 心が落ち着かぬまま走り続け,家を出るときに書いてきた地図にある分岐点まで来た。 俺は,国道からはずれ細い農道へと入った。最初のT字路に小さな看板があった。 何が書いてあるのか分からず,車から降りて確かめた。そこには『←太櫓』と書かれてた。 後少しという安堵感が俺の心にわいてきて,ほんの少し,心細さが消えていった。 それと,同時に俺の脳が体へ命令を送った。『小便がしたい』 周りを見渡したが, 月明かりと,自分の車のライト以外,周りを照らしているものはなく,俺は道端に立ち用を足した。 おかげで,心細さは完全になくなっていた。 しかし,嫌な予感だけはどうしてもぬぐい去ることはできなかった。


 そして,俺はまた太櫓へと向けて走り出した。しばらく走ったがだんだんと山の中へと入っていった。 の言葉からも,地図で確認したことからも太櫓は海沿いの町』と言うことは知っていたので, 看板で示していた通り走っては来たが,もしかしたら見間違えたのでは?と不安になってきた。 そこで,看板のところまで戻り,もう一度,確かめた。看板には,確かに『←太櫓』と書いてある。 俺は,意を決して山の中へと続く一本道を走り続けた。 すると,海岸と一つの集落が,目の前に広がった。 太櫓だ!』俺は,直感した。後は,4人を探すだけだ。


 とはいえ,1本道,4人を探すことは簡単だった。


 丘を駆け上がると,きれいで大きな建物が目に飛び込んできた。 が電話で話していた学校だ。この近くにいると思い横を見ながら走る。 すると,空き地に,4人を乗せた白のアコードが止まっていた。 4人も気づいたのだろう,一斉に車から飛び出してきた。 このときの4人は『助かった』という安堵感だけだったのだろう。 今までに見たこともない笑顔で,俺の車へと走り寄ってきた。 そして,俺たちは,その場で車の状態を確かめたり,少し話をした。 その中で,

Takuが来てもすぐに分かるように,道路におしっこでマーキングしておいた」

ということを言った。しかし,俺が来たときにはもう乾いていて,跡形もなくなっていた。 その話を聞いて

『俺は,友達の排泄物の上を走ったのか!?』

と俺は思った。 と同時に,道中の嫌な予感はこれだったことに気が付いた。


 そして,俺たちは狭い車内にギュウギュウ詰めになりながら函館へ向かった。


〜Epilogue〜


 その後,は,車を修理工場へ持っていくためにと2人で太櫓へ向かった。 また,は,一週間ほどしてから,今度は親と一緒に車を取りに行ったらしい。 あの事件がなければ,行くことも,知ることもなかったであろう太櫓は,3往復もしたのだ。


 そして,1年後の夏休み。


 俺たち(Shibuはいないが)は積丹にある神恵内へとキャンプに行くことになった。 当時,山杜Takaが加わっていなかったので, 太櫓を一度見せてあげよう。』 と,遠回りではあったが,太櫓に寄った。


 1年くらいしか経っていなかったが,太櫓は大きく変わっていた。 が,車を止めた空き地や,お世話になった中村さんの家の辺りは, 同じ形の公営住宅が建ち並んでいた。


 俺たちにとって,良くも悪くも思い出の地である太櫓が様変わりしてしまった姿を見て, 俺は少し,寂しい気持ちになった。


 しかし,あのときのみんなの笑顔や,普通のコンビニ弁当を 「うまい!」 と言って食べていた姿は, 目を閉じると今でもスローモーションになって浮かんでくる。


(文責:もう1人の事件当事者・Taku)


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